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当時の私は、トラベル英会話の本に載っている決まった表現しか喋れなかった。
人並みに英語の勉強はしてみたし、海外への憧れもあったから、
自分なりにいろいろ試してはいたけれど、ど〜しても身にならなかったのだ。
英語が言葉というよりは「物理方程式」のように感じていた。
だから『英語を話さなければならない状況に行けば』なんとかなるかと思って、
ひとり旅に出たのだ。
しかし、その根拠のない期待は、やはりただの妄想にすぎなかった。
旅に出て1週間目のことだった。
私はある町から長距離列車に乗った。
シーズンオフということもあり、コンパートメントと呼ばれる列車の個室は私ひとりきりだった。
英語ができないから、ひとりの方が気まずくなくて、ありがたかったが、
やっぱり、誰かとお喋りしながら旅ができたら、楽しいだろうと思っていた。
お昼をちょっと過ぎたころだろうか、列車は小さな駅に停車した。
そして10分ほどして、なんの前触れもなくガクンと揺れ、また動き出した。
暫くして、車掌に礼を言う声が聞こえ、コンパートメントのドアがガラガラっと開いた。
「こんにちは。ここいいかな? 車掌さんがね。日本人がひとりで乗ってるって、教えてくれたもんだから」
入って来たのは、とても気さくな感じの紳士だった。