1986年 シリーズ・カルフォルニア / 4万キロ

 60年代の横浜で育った僕にとってアメリカはとてもリアルなものだった。街そのものが、どこかの曲がり角でアメリカと日本を分けていた。それは憧れというにはかなり泥臭いもののような気がする。小さな子どもの心の底に大人びた緊張感を要求するような街だった。日本人と中国人と、韓国人とアメリカ人と、フランス人とドイツ人。横浜の曲がり角は多彩だった。それぞれの文化を激突させていたのは、いうまでもなく日本とアメリカと中国だった。どれか一つが欠けても、横浜は成立しなかった。僕の中のアメリカは、憧れよりも郷愁なのかもしれない。
 1985年始めて訪れたカリフォルニアで、僕が心引かれた物はバスのホイールに付けられた距離計だった。メーターの数字は2万マイル。バスのドライバーは「地球1週だ」と胸を張った。
 そんな、生活の中にあるリアルな文化が僕の郷愁をくすぐったのだろう。僕はこの旅で「自分の描くべき物とその表現方法」を同時に手に入れた。

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